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高齢者の免許返納に思うこと
“高齢者の運転免許”についても考えたい。今の世の中、「高齢者は運転免許を返納すべし」という流れが主流となっていますよね。
メディアを中心に、そうした風潮を作り出しているようにさえ感じます。高齢者の交通事故が起きると、ほれ見たことか……! とばかりに、ことさら大きくニュースで取り上げて社会問題化する。こうした風潮に和田先生は疑問を呈しておられます。
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“免許返納に関するインタビューを取るとき、なぜ巣鴨あたりにいるじいちゃん、ばあちゃんにマイクを向けるんだ“と。そもそもインタビューする場所に問題がある。巣鴨に来ているじいちゃん、ばあちゃんは、免許なんて必要ないに決まってる。交通網が発達していて、車を利用する必要がない首都圏で聞いたって、「危ないから返納したほうがいい」って答えるに決まっているでしょうよ。いくら“おばあちゃんの原宿”と呼ばれているからといって、巣鴨で聞くのは間違っている。
じゃあ、どこで聞けばいいのか?
田舎に行って、それこそポツンと一軒家の人に同じことを聞いてみよ。車がなければ生活できないところに住んでるお年寄りに。
「免許、返納なさいますか?」
誰が返納するものか。車しか移動手段がないのに免許を返納したら、老人問題どころか、それこそ生きるか死ぬかの問題です。
かく言う私もテレビタレントなもので耳が痛いところがありますが、インタビューする場所からして、免許返納の流れに持っていこうとするメディアの意向が透けて見えてしまう、ということ。
高齢者の運転が取り立てて騒ぐほど危険ではないのは、実は数字にも表れています。
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警察庁交通局が発表している「10万人当たりの交通事故件数(令和3年)」で見ると、16~19歳の若い世代は1000件を超えるのに対して、一番危険と言われている85歳以上は若い世代の約半分の524.4件。75~79歳が390.7人。70歳~74歳に至っては336人と、割合的に見ると事故件数自体は少ないんですね。
現在、交通法によって個人タクシーの免許は、基本的には75歳以上になると更新要件や健康上の基準がぐっと厳しくなるそうです。でも、数字で見れば、安全運転する年代なんですよ。
一方で、タクシー運転手不足を背景に、国は2024年から、タクシー会社の管理のもとで、地域や時間帯を限定して一般ドライバーを活用する仕組みを導入している。年齢を理由に運転を厳しく制限する一方で、人手不足には制度を緩めて対応しようとしている。
「言っていることと、やっていることが矛盾しているじゃないか」と思いますよね。
また、“認知力”という面からも運転免許は高齢者に必要です。この力は、使うことで磨かれていきます。車を運転するという刺激があると、脳が活性化されて認知力も磨かれていくのだそうです。
逆にいえば、使わなければ、どんどん衰えていく。コロナのときに「出歩くな」と言われて家から出なかったばっかりに、認知症を発症した老人がいたように、免許返納したことで出歩かなくなり、認知力が落ちていく老人もいる。認知症ということに関して言えば、むしろ老人は運転したほうがいいとさえ言えるのではないでしょうか。
免許返納問題について、和田先生は面白い例を持ち出しておられます。
皆さんは、ご覧になりましたでしょうか。私も大好きな映画ですが、クリント・イーストウッド監督・主演のハリウッド作品『運び屋』(2018年)。
あのカッコよかった『ダーティハリー』のイーストウッドが爺さんになった姿って、見たくないじゃない。それでもイーストウッドはやるんですよ、瘦せこけた爺さん役を。
ストーリーはというと、イーストウッド演じる90歳の爺ちゃんがひょんなことからメキシコ・ギャングと知り合って、メキシコからアメリカへコカインを密輸する“運び屋”にさせられてしまう。
大量のコカインをメキシコから国境を越えてアメリカまで、自分の運転する車で運ぶと大金のギャラがもらえる。運び屋となった老人が、メキシコ・ギャングの悪に巻き込まれていくというストーリーです。
ここに免許返納を迫る日本と、老人を運び屋に選んだアメリカとの違いがある。
ギャングは、なぜ彼を運び屋にしたかというと、爺さんがドライバーだと、警察が安心するからなんですね。アメリカ社会では、高齢になるまで問題なく運転してきて前科もなく、身分証としての運転免許が社会的信用、エビデンスです。
映画の中でも、そういうシーンがたびたび登場します。ドライバーが老人であるがゆえに、検問した白バイポリスが大した取り調べもせず放免してくれるシーンや、車のトランクに大量のコカインを積んでいるにもかかわらず、パトカーが何も疑わずに「行っていい」となるシーン。老人のドライバーだからこそ、次々と見逃してくれるわけですね。
老人ゆえの老獪な話術でポリスを軽くあしらうシーンもあって、それまで若いギャングどもに小突き回されていたイーストウッドが、老いを逆手に取って、悪の才能を発揮する。申し訳ないが、すごくカッコイイんだよね、それが。
さて、話を戻して、和田先生がこの『運び屋』という映画で何を言いたいのかというと、老人が免許を持って運転するということがアメリカ社会では、どれほど貴重かということ。その年齢まで前科がなくドライバーライセンスを持っているということが、非常に大きな意味を持っているんですね。
90歳近くなっても車を運転できる。
それは、その人が堅気に生きてきて、身持ちがしっかりしている証明になるわけです。それがアメリカ社会では定着している。ところが、日本は年だからという理由だけで「免許を返納せよ」と、社会からも身内からも迫られる。和田先生は、こう指摘しています。
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〈運転を続けたいという高齢者に、返納を迫るのも同調圧力の一つなのです。それでも、運転を続けたいと言うと、今度は老害と言われるでしょう。「老いては、子に従え」という言葉がありますが、息子や娘がそこまで言うなら、免許を返納するのもやむをえない。そうさせられてしまうのが、老害という名の同調圧力です〉
まるで「老人は引退して若者に主役の座を譲れ」と言わんばかりに、運転免許返納を迫る日本社会の同調圧力のようなものに、和田先生は激しく怒っておられます。
そして同時に、そうした同調圧力に負けて、何の抵抗もせずに運転免許を返納してしまう高齢者たち。
安寧秩序のために、小さな安らぎのために、“老いてゆく”ということを平気で引き受けてしまう老人たちにも和田先生は憤っておられます。
そのあたり、この本を読みながら、ちっちゃい声で「賛成」とつぶやいている私でございます。
在日韓国人に特永返上させるべきだよな
コッチの方が遙かに危ない
自分の発言は正しくて間違いない、と思い込んでるのが痛い
まず真夏にエアコンつけずに乗ってる
何もない真っ直ぐな道で急にハンドル動かして避けるような挙動
明らかに視野の不安何もないのに何かが見えたような
ここから認知の衰えも出てくるし早々に返納してもらいたい
高齢者の免許更新は毎年ごととか3ヶ月に一回にするとかの変更は必要だよね
特に中国人と朝鮮人
歩いてるだけならただの「恍惚の人」だけど車に乗ったら凶器でしかない
咄嗟にブレーキ踏むだけで死亡や重体が骨折で済む場面も多いだろう
それが気づかない老害金八
そりゃトラックやバスを転がしてた高年齢層なら問題ないが下手くそが年取るとまじで危険だからな
踏み間違い特攻は8割減るよ
老人が老人擁護しても無意味だよ
それが解らないのが老害仕草
ただ年寄りの危険さは周りから見て分かりやすい場合が多いから周囲の配慮によって回避されてるケースも多いんじゃないんだろうか
そう思い込んでる武田鉄矢自身が後期高齢者
問題ない人が大半だ
でも結果として老人に事故が多いって分かるやん
毎年免許取らなきゃいけないくらい審査しろ
どうせあいつら時間あるんだから
さっさと返納しろ
老害
じゃあ都会の奴らは一括返納でいいということか
都市部はサポカー必須にすれば少しはマシじゃね?
しかも奴等事故起こしたら国へ逃げ帰るし



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