古代天皇に関する最大の謎、継体天皇とは何者だったのか――。歴史学者の水谷千秋氏は、 『増補決定版 謎の大王継体天皇』 では、古墳の遺物などの考古学の成果や地勢的な視点から、継体天皇の実像にせまった。継体天皇の“故郷”である近江(滋賀県)には、その家族に関する古墳が点在している。著書から一部抜粋してお届けする。
■継体天皇の“故郷”を歩く
琵琶湖の北西に高島郡高島町(現・高島市)という町がある。背後の三尾山から湖に流れこむ安曇川と鴨川とによって形成された典型的な三角州の地形で、農業に適した立地にいまも青い田園が広がっている。1988年の秋、私は高島町歴史民俗資料館(のち高島歴史民俗資料館。現在は閉館)の白井忠雄さんにお願いして、このあたりの古墳や遺跡などを、車で詳しく案内していただくことができた。
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滋賀県高島郡高島町、なかでも三尾という地名のあったちょうどこのあたりは、『日本書紀』などに継体天皇の生れ故郷として記されているところだ。「近江国高島郡三尾別業(べつごう)」にいた継体の父、彦主人王が、越前国三国より「振媛(ふるひめ)」を呼び寄せて娶り、その結果生まれたのが「男を大迹王」、すなわちのちの継体天皇であるという。彦主人王は継体の幼少時に亡くなったと記されているが、かれの墓ではないかと推定されている古墳がこの町にある。白井さんのおられる高島町歴史民俗資料館の150メートルほど北にある鴨稲荷山古墳である。
この古墳は、明治35(1902)年と大正11~12(1922~23)年の二度にわたって発掘調査が行なわれ、豪華な副葬品が数多く発見された。現在墳丘は失われているが、もとは全長約60メートルの周濠を有する横穴式の前方後円墳だった。内部には、金銅製の冠や飾沓(かざりぐつ)、耳飾り、魚佩(ぎょはい)が納められ、とりわけ金銅製の双鳳環頭大刀は、この古墳の被葬者の威容を偲ばせる遺物である。これら水準の高い金工技術には、朝鮮半島の加耶や新羅の影響が指摘されている。
この古墳の築造年代は六世紀前半で、継体の父の墓としてはやや新しすぎ、彦主人王は被葬者としては適当でないかもしれない。しかし継体とほぼ同世代で、かれときわめて近い間柄にあった人物が葬られていることは間違いないであろう。(以下ソース)
8/28(金) 6:42配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/b8b4d4f28384a8607679ed526c7dbfcd886fc4e6(省略)
■越前三国から樟葉宮へ
夫、彦主人王の死後、ひとり婚家に残された振媛は、幼い王子を抱いて実家のある越前三国に帰ったという。以後、継体は越前で育てられたと『日本書紀』は伝える。
福井市の中心部に、標高100メートルほどの足羽山という小高い山がある。麓から15分ほどかけて散策気分で山頂まで登りきると、そこに足羽山公園がある。ここには古墳群もあるが、何といっても目をひくのはその中心にある継体天皇の大石像だ。継体天皇が越前三国で育ったと『日本書紀』にあるのにちなんで、この像は大正年間に建てられた。
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『日本書紀』によると、継体は57歳の時、中央の諸豪族によって大王に擁立され、越前を出て、「樟葉宮(くずは)」(現在の大阪府枚方市)で即位したという。子どものなかった武烈(ぶれつ)天皇が崩じたあと、適当な王位継承者がいなくなったため、継体に白羽の矢が立った、とされる。西暦で言うと507年、今から1500年ほど前のことだ。
そして即位後5年目の冬10月に「山背筒城(やましろつつき)」(京都府京田辺市)に遷都し、さらに十二年春三月には「弟国(おとくに)」(京都府向日市・長岡京市)に遷都、20年秋9月になって大和国の「磐余玉穂宮(いわれたまほ)」(奈良県桜井市)に入ったと記されている。そしてその5年から7年後に崩じたから、かれは天皇としての歳月のほとんどを、大和盆地の外で過ごしたことになる。この点でも、継体という天皇は異例だ。享年について『日本書紀』は82歳とするのに対し、『古事記』は43歳とし、両書の開きは大きい。
■真の継体陵・今城塚古墳
かれの亡骸が葬られていると推定されるのが、高槻市郊外の今城塚(いましろづか)古墳である。現在宮内庁が継体の陵墓に指定しているのは大阪府茨木市の太田茶臼山古墳だが、この古墳は五世紀中ごろに造られたもので、6世紀前半に亡くなった継体の墓にはふさわしくない。そこで現在では、太田茶臼山古墳から歩いて一時間ほどのところにある、今城塚古墳こそが真の継体陵であるといわれている。全長190メートル、6世紀前半としては最大級の前方後円墳である。(以下ソース)
8/28(金) 6:42配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/9fdb09937984b3459c789d769beae89f378f27ac
円安物価高なんとかしろよカス
高市、辞めろ!!
この貧乏神がー!!
還暦越えのパパ、精神病患者のママ、
24歳児のこどおばセットで
笑顔で放水ロケを敢行するセンス
福井にいた渡来人だよ
それ以前の天皇とされている人物や神話はただの創作よ
「皇紀」はどうすんの?笑
読んでないけど捏造乙
「三河」
地方の大王やってたわけだから天皇になるには身分格というものが必要だ
神の子やぞ
福井県三国の朝鮮人の豪族
朝鮮半島から漂流すると福井県あたりに流れ着くので
古代から朝鮮人が多かった土地
因みに敦賀の地名の由来は都怒我阿羅斯等という朝鮮人の名前から
特に何の疑問もないよな
日本の歴史をさかのぼれば天皇家の一族同士の権力争いなんて
腐るほどある
どうしても韓国を祖先にしたい記者か
ケーポに洗脳された若い層がこういうのすぐ真に受けるから、今のうちになんとかしないとね
応神の五世王という出自は、三国志の劉備とか参考にした正統性の脚色と思われる
半島出身の有力者と近江尾張の豪族との連合政権
誰でもそう思ってたよね
ここで朝鮮人入りまーす


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