作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回のテーマは日本社会と女性について。
私ごとですが、今年は私には少し特別な年だ。というのも、会社をつくってちょうど30年を迎えるから。
日本で初めて、女性だけで運営する女性のためのセクロスグッズショップを1996年に始めた(女性だけ……というか私だけ……)。
男性器の形をしていないバイブレーターをつくり、女性が性を安心して話せる場所をつくりたいという思いだった。
幸い、女性のお客様が途切れることなく30年続けてこられた。そして何よりもたくさんの女性の声を聞いてきた時間こそが、私の人生の基盤になった。お店を開いたのは26歳の時で、自分では十分に大人だと思っていたけれど、バイブレーターを売り始めて本当に驚いたのは、訪れる女性の多くが年上だったことだ。
40代、50代なんて当たり前、なかには70代の女性たちもバイブレーターを購入しに訪れてくれたのだ。
「女性がやっているから安心する」「待っていたのよ」と私を信頼してくれた。更年期のことも、閉経後の女の人生のことも、想像しようにも限界しかない“小娘”の私が、あたふたしながら年上の女性たちの声を聞き、女性ホルモンに振り回されて生きる女たちの身体に向き合いながら学んできた。
今、私自身が更年期まっさかりだが、あああの時、あの人が言っていたのはこういうことなのか……と年上の女性たちの顔を何人も思い出す。性の話は一生のこと。私たちは身体から離れることはできない。だから私たちは自分の話をしていこう、主語を自分にして性を語ろう。そんなふうに仕事してきた。
というわけで、30年。
ありがたいことに「昔話」を聞いてくれる若い人も増えているのだけど、だいたいの反応は「30年前、想像できない! どれだけ大変だったのですか?」という驚きである。
暗黒時代に明かりをともした……と思ってくれているのだと思う。たぶん中高年世代には共感してもらえると思うが、30年って意外にあっという間なんですよね。
自分ではそんなに“昔”という感覚がなかったりもして。
でも、30年前に生まれていなかったりする世代に向けて、いろいろ考えて思いついたことがある。
女の性に関して、30年前になくて、今はあるもの。それは、二次元のロリコンアニメだな、と。もちろん、二次元のエ口コンテンツはありました。
でも、ここまでなかった。
ここまで、フツーになかった。
ここまで二次元のエ口コンテンツは溢れていなかった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1327f84eadf4326d79ebd7c5c710800766276f2d
すべての席に二次元で描かれた女性、胸があきれるほど強調され媚びた調子でラーメンを「どうぞ」と差し出す女性のイラストが貼られていて、ラーメンを食べる間、ずっとそれを見続けることになるのだ、と。
ラーメンを食べたいだけなのに、こういう目にあう。
おぱーいを見ながらラーメンを食べる。誰のために? 誰の欲望のために?
たぶん30年前のラーメン屋には二次元の女性ではなくて、リアルな半裸の女性が挑発的な笑顔で寝そべるポスターが貼られているかもしれない。
どちらがましとかいう話じゃなく、ずっと変わらない日本の話。女性が男を性的に刺激する人形のように扱われているという点で。
でも、きっと、リアルな女の人よりも二次元の女性のほうがコストもかからず、より安易に自由に好きに動かせるのであろう。
二次元のエ口コンテンツが当たり前に溢れるようになって実感するのは、表現される“女”というものが、人間ですらなく、もはや人形ですらなく、安いオモチャのようになってしまっているのだなぁということだ。
人間がオモチャにさせられることは、ふつうに考えて残酷なことだ。
だからこそ、私にLINEを送ってきた知人は、(ふだんそういう文化に触れていない分だけ)パニックになったのだと思う。
こんなことが許されるのでしょうか? と。
でもきっと彼女が動揺している横には、涼しい顔でおぱーいを眺めながら(またはあることにも気がつかず)ラーメンを堪能する人がほとんどなのだろう。
なぜ二次元の性的な女性表現が問題なのか。
それを伝えることがこれほど困難である理由が、私には正直わからない。
「私、その表現嫌いだから、やめて!」と怒っている「個人の感覚」の問題のように捉えられるのが常だ。
でも、本当にそうなのだろうか? 日本のAVには、女性が怒鳴られたり、暴力を振るわれたり、お湯に沈められたり、苦痛を敢えて与えるようなものが珍しくない。
そういう作品を、たとえば特定の民族や、または動物を対象にして表現したら、それはやはり大問題になるのではないか。
なぜ、それなのに、女性だったら許されるのだろう。男性たちの欲望に寛容になることが求められるのだろう。私には本当にわからない。
「ポルノグラフィ」がどういう影響を与えるのか。実は調査がされたわけではない。
でも、ポルノグラフィを見過ぎてしまうこと、またはポルノグラフィ的なものが環境のように溢れる社会で、脳にどのような影響があるかについて、依存症を研究する人々から警告の声が出始めている。
よく言われることは、ポルノは、現実を見る視線、現実の女を見る視線をバグらせうるということだ。
女の人がオモチャみたいに扱われる表現物で溢れる社会で、リアルな女は安心して生きられない。そしてそれは30年前も今も変わらない、現実なのだ。
どのようなものになるのかわからないが、「買うのは男の性欲(自然)だから」と肯定されてきたものに切り込む国会に、私は期待している。
何事も、まずは「このままでいいのか」という疑問から始めなくてはならないから。
30年前、「エンコー」という言葉がはやっていた。
あの時、10代の女の子を堂々と買う大人たちの姿は衝撃だった。
だけれど社会は「売りたい女の子の問題」として語り続けたものだ。
そう、あの時から、もういろいろ始まっていたのかもしれない。
30年前と今を単純に比べることはできない。
でもこの30年間で、経済だけでなく、女の安全も、この社会は失ってしまったのだと思う。
河原みのり
損したなー
バカだろこいつ
それでも男性器を模したものに変わりないんだけと
男が間接的な2次元エ口を用いることは悪
そういう感覚で生きてる奴ら
もっと直球で男が嫌い、イラつくってだけだと思うよ、そんな考えてないって
グッズの話ならダッチワイフとかのがいいんじゃね30年前からの進化具合だと




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